くよくよと悩んでいる人や、あれこれと迷って先に進めなくなっている人のことを「迷える子羊」なんて言いますよね。これは、聖書の中で、イエスが普通の人たちのことを「羊」に喩えて話したことに由来しています。イエスは、人々を「羊」、自分を「羊飼い」に喩えて話をされました。
では、なぜ人が「羊」に喩えられているのでしょうか。ある牧師が、ニュージーランドで羊を飼っている人から聞いたという話ですが、実は羊という動物は、家畜としては致命的な3つの弱点を持っているそうです。
(1)目が悪い(近視)。
遠くが見えないということは、草食動物の弱点になります。遠くから狙っているオオカミなどの的を見付けられないからです。
(2)草を根こそぎ食べてしまう。
牛は根本を少し残して食べるのに対して、羊は根こそぎ食べきってしまうため、羊が食べた後は砂漠のようになってしまいます。そして、周囲に食べる草がなくなった羊は、飢えて倒れてしまうというのです。
(3)逃げ足が遅い。
肉食動物から狙われる運命にありながら、羊は逃げ足が遅いのです。自分の身を守るようなキバも持っていません。外敵に対してとても弱い存在ということになります。
この3つの弱点は、そのまま人間の霊的な弱点にあてはまる、といいます。
人間は…
(1)この先どうなるのか? と悩みますが、自力では、人生の遠く先まで見通す力がありません。
(2)欲望をコントロールすることが難しい。食欲、性欲、物欲、金銭欲、権力欲…。いろいろなものを欲しがって、かえって自分が束縛される結果となります。
(3)霊的な攻撃に弱い。
誘惑や、悪魔のささやきに抵抗したり、自分の身を守ったりするような武器を持っていません。
そんな中で、一つだけ羊には長所がある、ということです。それは「耳が良い」ということ。
イエスは、聖書の中でこう言っています。
「よくよくあなたがたに言っておく。羊の囲いにはいるのに、門からでなく、ほかの所からのりこえて来る者は、盗人であり、強盗である。門からはいる者は、羊の羊飼いである。門番は彼のために門を開き、羊は彼の声を聞く。そして彼は自分の羊の名を呼んで連れ出す。自分の羊をみな出してしまうと、彼は羊の先頭に立って行く。羊はその声を知っているので、彼について行くのである。ほかの人には、ついて行かないで逃げ去る。その人の声を知らないからである」。ヨハネによる福音書10:1〜5
羊が羊飼いの声を聞き分けられるように、人は、神の声を聞くことができるのです。
迷える子羊に必要なのは、羊飼い。あなたは、どうですか。
2008年12月22日
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クリスマスにふさわしいメッセージ、ありがとうございます。
クリスマスイブの今日、多くの方が「迷える子羊」から「主に飼われる幸せな子羊」になることを願ってやみません。
良いお話だったので、いろんな人にお分ちしようと思って書きました。
今日はイブですね。私は教会のクリスマスイブ礼拝から帰ってきたところです。
「あなたのように 心触れるものなし
他に探し求めても あなただけ」
そんな賛美の歌詞が心に迫ってくる、イブの夜でした。